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文化財区分
管理番号 0313002
名称 岩村町秋祭行事
名称ふりがな いわむらちょうあきまつりぎょうじ
名称英語表記
種別(種目) 無形民俗文化財(風俗慣習)
地区 岩村 
所在地・住所 岩村町1586
指定 県指定
時代・樹高・幹周囲 江戸(寛永年間)〜現代
員数・地積等
所有者・保持者 岩村町秋祭行事保存会
告知・指定年月日 1980年11月11日
告知・指定番号 岐重無民43,恵無民2(57/3/8)
画像01 被写体名:岩村町秋祭行事
説明文:
撮影日時:
撮影者:恵那市
撮影場所:岩村町1586
ファイル名:031300201.jpg
収録DVD:1
画像02 被写体名:岩村町秋祭行事
説明文:
撮影日時:
撮影者:恵那市
撮影場所:岩村町1586
ファイル名:031300202.jpg
収録DVD:1
画像03 被写体名:岩村町秋祭行事
説明文:
撮影日時:
撮影者:恵那市
撮影場所:岩村町1586
ファイル名:031300203.jpg
収録DVD:1
画像04 被写体名:岩村町秋祭行事
説明文:
撮影日時:
撮影者:恵那市
撮影場所:岩村町1586
ファイル名:031300204.jpg
収録DVD:1
関連サイト 無形民俗文化財(民俗芸能)-雅楽を参照
URL http://welcome.city.ena.gifu.jp/contents/html/0312003.html
解説
 岩村町秋祭は、現在10月の第1土・日曜に行われている。八幡神社には岩村城創築の祖加藤景廉、武並神社には、その子遠山景朝が祀られ、景廉が武士の神、景朝が町人の氏神とされていた。秋祭の神輿渡御は数100mに及ぶ行列を整え、景朝の乗った神輿を奉じて武並神社を出発、城下町を通って父景廉の許へ参向、一夜をともにすごすという父子対面をテーマとした。翌日は再び神輿を奉じて武並神社へ還御するが、この渡御・還御に大勢の農民や町人が供奉した。神輿渡御・還御の行列は時代とともに若干の変化はあったが、今も町を挙げての行事として町民が参加している。
八幡・武並神社の鎮座については別項で述べるが、両神社を結ぶ神輿渡御の創始者松平乗寿(岩村藩主・1614〜1638在城)が寛永8年(1631)武並神社を壮大な社殿に建て替え、これを機会に盛大な祭礼をしたといわれる。元禄16年(1703)差出帳によれば「武並祭礼九月九日十日執行、踊あり。御奉行出張、殿様より祝儀あり。餅米五斗宛下さる」とある。乗寿は寛永15年(1638)に浜松へ転封したが、藩主が代わっても祭礼は休むことなく現在まで続けられている。
神輿渡御行列の構成は衣装、道具とも江戸時代からのもので、山上家文書の嘉永5年(1852)「武並宮御祭礼規定」に当時の構成が詳しく書かれている。基本的には現在も変らず、76役、総人員300人前後が参加する。現在では花車、花馬、御神馬は岩邑小学校の1年生が曳き、御宝剣、五行弊は同小学校6年生の男子が奉持する。行列中の打囃は江戸時代から入若連により伝統芸能として守られている。「入り」とは一色、領家、大通寺、山上の4町内をいい、入地区は岩村城下町の農村部であった。その「入り」の若者によって組織されているので「入若」といわれる。打囃は小太鼓2人、拍子木2人、摺金2人、笛4人、大太鼓2人、そして打囃奉行1人の13人で構成されている。笛は、いまも町内にある「すす竹」を使用しての手製のもので、その技術も伝承されている。「御案内」は、現在では旧入地区の庄屋であった山上家が代々つとめているが、かつては、森、浅見、松田、木村、長谷川といった町の庄屋・問屋も参列したいた。行列の全員が古式に則った衣装で参加し、諸道具も伝統によるもので、例えば行列中に御神馬(現在はつくりもの)に使用する飾馬具は天保年間(1830〜1843)のものが使用されている。
祭礼は江戸時代から9月9・10日(旧暦)であったが、新暦時代となって10月1・2日となり、昭和中期より10月の第1土・日曜の両日となった。


アクセス情報
中央自動車道恵那ICから国道257号で約20分、明知鉄道岩村駅から徒歩10分


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